暮らしのレシピ帖

田舎のおばあちゃんが
毎日食べていたご飯10選

スーパーには並ばない、受け継がれていくはずだったレシピ

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田舎のおばあちゃんの台所には、レシピ本も計量スプーンも存在しなかった。その土地のもの、その季節のものを、当たり前のように鍋に入れて、当たり前のように食卓に並べた。そういう料理を、10品集めた。

「田舎の料理」という言葉には、どこか懐かしさが宿っている。

洗練されてはいないけれど、食べると落ち着く。
見た目は地味でも、噛むたびにじんわりおいしい。
誰かに自慢するためじゃなく、毎日の食卓のために作られていた料理。

でも、そういう料理はいま、少しずつ消えていっている。
おばあちゃんが亡くなって、その味を知っている人がいなくなって。
「うちの田舎の料理」が、ひとつずつ失われていく。

10品を、ここに集めた。

田舎の料理の3つの特徴

・「その土地のもの」しか使わない
流通が発達する前、田舎の台所は地産地消が基本だった。
山があれば山菜、海があれば海の幸、農地があれば野菜と穀物。
スーパーに輸送されてくる食材ではなく、土地が持つものを食べていた。

・「余り物」こそ料理になった
田舎の料理に「無駄」はなかった。
野菜の茎も皮も、古くなった漬物も、すべて鍋の中に消えていった。
「もったいない」が、料理のエンジンだった。

・「保存」が技術だった
冷蔵庫がない時代、食べ物を長持ちさせることは命がけだった。
佃煮、漬物、干し物、味噌漬け。
田舎の保存食の知恵は、そのまま「おいしさ」の歴史でもある。

それでは、日本各地のおばあちゃんの台所から選んだ10品を紹介する。

① ぜんまいの煮物(新潟)——山から採ってきたものを煮る

春になると、新潟のおばあちゃんは山に入った。
ぜんまいを採って、アク抜きして、じっくり煮る。
山菜特有の少しクセのある味が、醤油と砂糖で丸くなる。

手間がかかるけれど、その手間を惜しまなかった。
「山のものはアクが強い分、体にいい」とおばあちゃんは言っていたかもしれない。

② たくあん煮(石川)——古漬けも立派な一品に

漬けすぎて酸っぱくなったたくあんを、そのまま煮物にしてしまう。
石川のおばあちゃんの、捨てるものを出さない知恵だ。

すっぱい香りが飛んで、代わりに深い旨みが出てくる。
「失敗」が「一品」に変わる、田舎の台所の逆転劇。

③ とりくり(北海道)——秋の恵みをまるごと

北海道のおばあちゃんが秋に作る、鶏肉と栗の甘露煮。
「とりくり」という名前が、そのままシンプルに中身を表している。

栗の甘さと鶏肉の旨みが絡み合って、ご飯が止まらなくなる。
北海道の短い秋を、鍋ひとつに閉じ込めた料理だ。

④ やきめし(和歌山)——「あるもので」作る炒飯

豪華な具材は何もない。
錦糸卵と残りご飯で作る、和歌山の素朴な炒飯。

「炒飯」というと中華のイメージがあるけれど、このやきめしはどこまでも和風だ。
味つけは醤油だけ。
シンプルな分、ご飯の甘みが際立つ。

⑤ がめ煮(福岡)——根菜をたっぷり炊き合わせる

「筑前煮」の名前で知る人も多いが、福岡ではこれを「がめ煮」と呼ぶ。
鶏肉と根菜を、甘辛く炊いた郷土料理だ。

ごぼう、れんこん、にんじん、こんにゃく。
田畑で採れる野菜が全部入る、豊かな一品。
正月だけじゃなく、福岡のおばあちゃんは日常的に作っていた。

⑥ 柚子が香る金時豆入りかきまぜ(徳島)——お祭りの日の味

徳島のおばあちゃんが祭りや行事のたびに作っていた、ちらし寿司の一種。
柚子の香りと金時豆の甘みが、素朴な中にも華やかさをもたらす。

ご飯全体に旨みが広がって、冷めてもおいしい。
「ごちそう」は遠くからやってくるのではなく、台所から生まれていた。

⑦ 新生姜の佃煮(長野)——夏の初めの保存食

梅雨が明けるころ、長野のおばあちゃんは新生姜を大量に仕込んだ。
醤油と砂糖でじっくり煮詰めて、瓶に保存する。

ご飯にのせると、生姜の辛みと甘みがじんわり広がる。
夏のあいだ、常備菜として食卓に並び続けた。

⑧ いかなごのくぎ煮(兵庫)——春の一仕事

播磨灘で獲れる小魚、いかなごを甘辛く煮詰めたもの。
兵庫では春になると、おばあちゃんたちがこぞって作り始める。

くぎのように曲がった姿から「くぎ煮」と呼ばれる。
焦げ色になるまで煮詰めた佃煮は、ご飯のお供として一年中活躍する。

⑨ 野蒜の酢味噌あえ(関東)——春の野に自生するもので

野蒜は、春になると野原や土手に自生するネギの仲間。
それを根っこごと掘り出して、酢味噌で和えるだけ。

売り物ではないから、値段もつかない。
でも、自分で摘んできたものを食べる喜びは、スーパーで買った野菜にはない。
野に出れば料理の素材があった、そういう時代の一品。

⑩ いもがらの煮物(宮城)——捨てるものは何もない

里芋の茎を乾燥させた「いもがら」は、今ではほとんど見かけない食材だ。
宮城のおばあちゃんは、これを油揚げと一緒に煮て常備菜にしていた。

里芋の実を食べたあとの茎も、無駄にしない。
食べ物への敬意が、こういう料理を生んだ。

知られないまま消えていく味

「田舎の料理」には、レシピ本に載っていないものが山ほどある。
その土地の、その家の、そのおばあちゃんだけが知っていた料理。

おばあちゃんが亡くなると、その料理も一緒に消えていくことが多い。
「うちの料理」と思っていたものが、実は誰も継いでいなかったりする。

レシピを残すことは、記録じゃなくて継承だと思う。
あなたの「田舎のご飯」も、ぜひ教えてほしい。